クリニック開業のススメ
クリニックの開業の成功に向けた現場で役立つ実践的な情報を提供します。
クリニック開業の新たな可能性~「新地域医療構想」と「外資投資」から読み解く
医療政策がもたらすクリニック開業の動き
2025年6月の閣議決定や医療法改正の流れを受け、政府は「新地域医療構想」が本格始動する2027年4月までに、大規模な病床削減を推進しています。この背景には人口減少に伴う医療需要の変化と、膨れ上がる医療費の抑制といった切実な目的があります。
削減計画の規模は以下の通りです。

では、これらの病床数が削減されたとして、該当するドクター数はどれくらいになるでしょうか。
厚生労働省 令和5年(2023年)医療施設調査によると、100床当たりで従事する医師数は、以下の通り報告されています。

従って、11万床のベッドが削減された場合、単純計算では全国で該当する医師数は以下の通りとなります。

即ち、この削減は、最大約9,000人の医師に影響を及ぼし、その多くが開業を選択すると予想されます。それ故、次のテーマとしては、これまで以上に「どこで開業するか」という選択眼が問われることになります。
クリニック開業地選定の新たな可能性
一般的に、開業地の選定は診療圏調査による「現在の需要」と「将来の人口予測」に基づいて判断されます。 しかし、そこには産業構造の変化に伴う「経済の動的要因」が十分に反映されていないケースが少なくありません。
人口減少時代における経済動向には、製品生産、雇用創出、住民増加、生活環境の整備、そして経済取引の活発化といった要素が含まれます。 その結果、新たな「働く場所」や「住む場所」が生まれ、そこには必然的に医療提供のニーズが発生します。 この動向を読み解く鍵が、特に海外大手企業による国内の拠点整備事業です。
海外大手企業による国内の拠点開設の加速
かつては円高や安価な労働力を求めて、海外へ工場を移転する動きが主流でしたが、現在はそれとは逆に、海外大手企業が日本国内の拠点を拡大する動きが顕著になっています。 特に「AI・データセンター」「半導体サプライチェーン」「研究開発(R&D)」の3軸を軸とした、経済安全保障に直結する分野での投資が活発化しています。以下は、情報誌による日本国内への主な投資・拠点開設の事例です。
①IT・データセンター分野
| マイクロソフト | 1.6兆円の投資を発表。インフラ整備、人材育成等。 |
| アマゾン(AWS) | 2027年までに約2.3兆円の投資を予定。 |
| オラクル | 2024年から10年間で、80億ドル以上の投資。 |
| 数千億円規模の投資を継続中。 | |
| ベトナム(FPT) | AIデータセンターを開設。約310億円の投資計画。 |
| ベトナム(CMC) | 2028年までに最大1億ドルの投資でインフラ整備を行う予定。 |
| アラブ首長国連邦(UAE) | 秋田に日本最大級AIデータセンター、建設費2兆円。 |
②半導体分野
| TSMC(台湾) | 第1工場(熊本県菊陽町)、第2工場(熊本)、第3工場(検討中)。 |
| GUC (台湾) | TSMC傘下の設計会社。横浜オフィスを拡張移転。 |
| Micron Technology (米) | 広島にAI向けメモリー(HBM)の製造ライン、2026年5月に着工。 |
| PSMC(台湾) | 宮城県大衡村。SBIと共同で半導体工場を建設予定。 |
| サムスン電子(韓国) | 横浜市に、半導体パッケージの研究拠点を新設。 |
| ラピダス(国内) | 北海道千歳市に次世代半導体工場建設。 投資額は約5兆円。約8千人の人口増予想。 |
③その他の分野(地域分散)
| 再生可能エネルギー、水素 | (東北・北海道)欧米のエネルギー大手。風力発電や水素供給網整備。 |
| ライフサイエンス・バイオ | 欧米の製薬大手。国内のスタートアップや大学との共同研究拠点整備。 |
| EV関連 | 中国企業など。販売拠点や部品サプライチェーン構築などの投資。 |
| ブラックストーン(米) | 投資ファンド大手。日本国内の不動産に150億ドル投資。 |
なぜ今、日本進出なのか
海外大手企業の日本進出には、円安傾向の継続や、日本の地政学的な安定性、高度な技術基盤が再評価されていることが背景にあります。これらの動きは一過性ではありません。以下に述べる理由から、関連企業・協力企業を巻き込みながら継続していくと見られます。
①質の高い労働力の確保
日本には長年培われた製造業の土壌があり、現場レベルでの「改善(Kaizen)」の文化が根付いています。
- 職人気質な専門人材
半導体や精密機器の製造には、極めて微細な調整が必要であり、マニュアル化できない「感覚」や「規律」を持つエンジニアやオペレーターが豊富に存在します。 - 低い離職率
海外(特に米国や中国)と比較して離職率が低く、教育コストをかけて育てた優秀な人材が定着しやすいことは、長期的なプロジェクトにおいて大きなメリットになります。
②物流とインフラの信頼性
グローバルなサプライチェーンが不安定になる中で、日本の「インフラの安定性」が光っています。
- 時間への厳格さ
日本の物流システムや、社会全体の納期遵守意識は世界トップクラスと言われます。 - 安定した電力と水
半導体工場などは膨大な電力と綺麗な水を必要としますが、日本はこれらが極めて安定して供給される、世界でも稀有な地域です。
③歩留まりの高さと周辺産業の集積
製造業において「歩留まり(良品の割合)」は、利益に直結する最重要な指標です。
- 緻密なプロセス管理
日本の工場は微細なゴミ(パーティクル)の混入を防ぐクリーンルームの運用や、装置のメンテナンス精度が非常に高く、「日本で作れば不良品が少ない」ブランドイメージが脚光を浴びています。 - 周辺産業の集積
半導体生産に不可欠な素材(シリコンウェハー、薬液)や製造装置のトップメーカーが国内に揃っており、トラブル発生時にはフィードバックが速く、結果として歩留まりの改善スピードが上がることが利点です。
④自治体の補助金・支援制度の活用
外資系企業が進出する地域は、自治体がインフラ整備に力を入れており、クリニック誘致にも積極的なケースが多いのも特徴です。経済動向と併せて「自治体の本気度」を見ることは重要です。
クリニック経営への好影響
①職住近接と、家族の流入
大きな工場やデータセンターができると、従業員だけでなくその家族も移住します。小児科や婦人科、あるいはファミリー層向けの歯科など、特定の診療科の需要が急増するなど、クリニック経営に好影響が期待されます。
②産業医や健診需要
大規模拠点ができれば、健康診断や産業医のニーズも発生します。一般診療に加え、BtoB(企業契約)の観点からも、経済特区周辺での開業は大きな優位性があります。
終わりに
海外大手企業による拠点開設は一極集中ではなく、日本各地に広がっています。 医療政策によってクリニック開業が地域的な制約を受けつつある今、従来の手法に捉われず、「経済がどこで動いているのか」という広い視点を持つことが、新たなクリニック開業の可能性を切り拓く鍵となるのではないでしょうか。ぜひ、将来を見据えた、開業地域選定の検討材料としてご活用して頂きたいと思います。

執筆者 / 三田村 清幸
税理士法人TOTAL 医業経営コンサルタント
岩手大学工学部卒業
理数系の教育分野で海外勤務後、我が国初の医業経営コンサルティング専門企業の設立に参加。海外・国内の病院コンサル事業に従事、同社は国内最大手企業に成長。役員を経て、2020年に税理士法人TOTAL入社