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【連載:開業1年目のリアルと防衛策】第1回:理想と現実のギャップに潜む「資金トラブル」3つの罠

「ドクターとして理想の医療を実現したい」――そんな熱い思いを胸に迎えるクリニックの開業。しかし、多くのクリニック経営をサポートしてきた医療経営・税務のスペシャリストである井上貴司先生は、「開業1年目こそ、想定外の資金トラブルに陥る最も危険な時期である」と警鐘を鳴らします。

なぜ、前評判が高く、順調そうに見えるクリニックであっても、突如として資金繰りの危機に瀕してしまうことがあるのか?

本連載では、井上先生が実際に目撃してきた「生々しい失敗事例」を交えながら、1年目を生き抜くための具体的な防衛策を3回にわたって紐解きます。

第1回となる今回は、「①現金管理の甘さ」「②過大な設備投資」「③プライベートの支出」という、初期に陥りがちな3つの落とし穴について、インタビュアーの佐伯さんが切り込みました。

対談:スペシャリストが目撃「まさか」の失敗ルート

罠①:現金管理の甘さ――「信頼」と「丸投げ」は違う

佐伯: 井上先生、本日はよろしくお願いいたします。一般的にクリニックは「儲かっている」という華やかなイメージがありますが、実は開業1年目に資金トラブルを起こすケースも少なくないとお聞きしました。最初の罠として挙げられている「現金管理の甘さ」とは、具体的にどういうことなのでしょうか?

井上先生: よろしくお願いいたします。そうですね、ドクターは基本的に慎重な方が多いので、私も最初は「現金トラブルなんてそうそう起きないだろう」と思い込んでいたのです。しかし、いざ開業を支援してみると、日々の現金管理に驚くほど無頓着な院長が中にはいらっしゃる。私が知っているだけでも、すでに3〜4件の深刻なトラブル事例がありました。

佐伯: 結構あるのですね! それは具体的にどのようなトラブルだったのでしょうか?

井上先生: あるクリニックの例ですが、院長が「俺は医師であって、事務回りのことはやらない」と、日々の現金管理をすべて職員に任せきりにしていました。奥様が常駐していればまだ安心だったのですが、そのクリニックは職員が管理。日々の現金過不足の検証など、仕組みとして相互のチェック体制があればこれ自体は問題なかったのですが、それもありませんでした。そしてこのクリニックの一番の問題点は、院長自身が「日々の現金残高の確認(チェック)」にまったく関心がなかったことです。結果、ある日突然、窓口の現金紛失が判明し、院内だけの問題にとどまらず警察を呼ばざるを得ない大騒動に発展してしまいました。

佐伯: 警察沙汰に……。信じて任せていたはずのスタッフが、、ということですね。

井上先生: ええ。さらに別の院長の事例では、脇が甘すぎて組織そのものがうまく機能しなくなったケースもあります。その院長は通帳の管理ができず、預金口座に数千万円もの残高があるにもかかわらず、職員に「これコピーしておいて」と平気で通帳を渡していました。

通帳の内容を見た職員はどう思うか。「こんなに大金があるのに、なぜ私の給料は安いんですか」と院長にねじ込んできたのです。これが引き金となり、他の職員にも不満が広がり、最終的には人間関係が気まずくなって、複数の職員が辞めてしまうという、組織崩壊にまで繋がりました。更には、その脇の甘さにつけ込まれ、事務長からの借金申入れについて貸付条件も曖昧なまま承諾してしまったんです。その後返済は滞り、いつの間にか事務長とは音信不通となってしまいました。現在も貸付金は未回収のままです。

佐伯:そんなドラマのようなお話が身近にあるのですね。身内やスタッフを信用したいという院長の気持ちも分かりますが、チェックをしないことは、結果的に相手に魔が差すような気持ちを起こさせる「誘惑」を作ってしまっているのかもしれないですね。

前田(開業支援担当): 実は法的な観点から見ても、横領罪の法定刑(懲役5年)は、他の財産犯(懲役10年)に比べて著しく軽いのです。これは、「あまりにも目の前に簡単に盗める状況(誘惑)があると、人間の規範意識は簡単に飛び越えられてしまう」という人間の弱さを表しています。だからこそ、経営者が「ワンチェック」を入れる仕組みが絶対に不可欠なのです。

罠②:過大な設備投資――たった一度の「あ、いける」が長期の経営を縛る

佐伯: なるほど、日々の管理不足が大きなリスクを生むのですね。では、2つ目の罠である「過大な設備投資」については、どのような失敗事例があるのでしょうか?

井上先生: これは、私が今でも非常に強いインパクトのある事例として記憶しています。あるクリニックの事例です。開業時というのは、人生で一番大きなお金が動くタイミングですから、最も慎重にならなければいけません。

しかしその院長は、業者から勧められるがまま、かなり高額な医療機器の導入を決めてしまいました。その契約は長期の割賦契約で、毎月発生する高い固定費(基本料金やメンテナンス料)の支払いが、その瞬間に何年も先まで確定してしまったのです。

佐伯: 毎月多額の固定費が、何年間も確実に引き落とされる……。それは相当なプレッシャーですね。

井上先生: その契約には「月○回までの検査・使用は基本料金に含む」といった、一見お得に見える条件が含まれていました。しかし、自院の診療スタイルや想定患者数を考えると、その高頻度な稼働を維持するのは容易ではなかったのです。

案の定、オープン後も想定していた稼働数に到達することはほとんどありませんでした。つまり、初期の読みが甘かったために、ただただ毎月大きな赤字の塊を、長年にわたって延々と垂れ流し続けることになってしまったわけです。

佐伯: それだけの投資を想定した事業計画がなかったということでしょうか。

前田: 我々開業支援チームも、先生方が大型機器を購入される際は「日々、これだけの検査予約や利用がないと回りませんよ」と、あえて踏みとどまっていただくために厳しいシミュレーション数値を算出します。しかし、開業前のドクターは非常にポジティブでエネルギーに満ち溢れているため、「あ、いける」と、その数値を飛び越えて判断してしまうことが多いのです。

井上先生: 前田さんのおっしゃる通り、「開業熱」にかかって、甘めな事業計画を立ててしまう。でも現実は甘いものではありません。そのクリニックは、開業から10年以上経った後でも資金繰りに追われ、複数の銀行から「返済が終わって空いた枠」を使っては新たな融資を受けるという、自転車操業のような経営が長らく続きました。

もし、自院でリスクを抱え込まずに(該当の医療機器を購入せずに)、外部の基幹病院と医療連携をして必要な時だけ検査を外注依頼していれば、どれほど身軽で健全な経営ができただろうかと、もどかしく思います。スタート時点で最新の億単位に近い機器を揃えなくても、診療報酬(点数)が劇的に変わるわけではありませんからね。

罠③:プライベートの支出――落せない生活水準と歪む決算書

佐伯: 「身軽に始めて、軌道に乗ってから追加する」という視点が、いかに大切かが分かります。そして3つ目のポイントが「プライベートの支出」とのことですが、これも資金不足に直結するのでしょうか?なんとなく想像はできますが、、、、

井上先生: はい。大いに関係があります。

どれだけクリニックの資金繰りがきつくても、ドクター個人のプライベートな生活水準を落とせない先生が結構多いのです。例えば、お子様の高額な教育費、一等地に住むための住居費など、開業前からの「高い生活基準」をどうしても落とせない。結果、クリニックの口座からどんどん個人へお金が流れ出ていってしまう。

佐伯: 経営が苦しいのに、プライベートの財布からはお金が出ていき続ける……これではバケツの底が抜けた状態ですね。

前田: 我々開業支援としてのサポート側としても、先生のプライベートな生き方やご家族の教育方針に、正面から「お金を使いすぎです」とは口出ししにくいところです。特にお子様が同じ医師を志し、進学や塾などに関連する費用が重なったりすると、その資金のために何とかしてクリニックからお金を引っ張り出さざるを得なくなります。

井上先生: そうなんですよ。特に医療法人の場合、個人クリニックとは事情が異なります。例えば院長個人がプライベートの支出を法人口座の資金で賄う事例については、会計・税務では院長個人への貸付金(「役員貸付金」)として処理されます。これは「法人と個人は別人格」であるため、たとえ院長であっても法人のお金を自由に使うことはできないのです。

貸付頻度が増せば法人の決算書は「役員貸付金」が膨れ上がり「歪んだ決算書」になってしまいます。銀行融資の審査が通らなかったり行政からの指導があったりと不測の事態を招かないとも限りません。

クリニックを存続させ、次の世代へ医療を引き継ぐためにも、経営者として公私の財布を厳格に切り離す覚悟を持たなければいけません。

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まとめ:資金トラブルを防ぐ3つの鉄則

今回の井上先生と開業支援チームのリアルな議論から、開業1年目の想定外の資金トラブルを防ぎ、クリニックを守り抜くための「3つの鉄則」が見えてきました。

1. 現金は毎日5分(1回)、自分の目で確かめる(牽制機能の維持)

 「スタッフを信頼する」ことと「管理を丸投げする」ことは全く異なります。1日の終わりに、院長自らが日報と現金を照合する「5分の習慣」を見せるだけで、スタッフへの強力な牽制機能(魔が差すのを防ぐバリア)となり、院内トラブルを未然に防ぎます。

2. 高額な機器等は「最も保守的な数値での収支予測」で購入を判断(長期を見据えた投資)

開業時のポジティブな勢いや業者の営業トークに呑まれてはいけません。将来にわたって毎月引き落とされる固定費の重みを直視し、「最も保守的な患者数」でも回るのかを事業計画書で冷静にシミュレーションすること。最初は「外部との連携」をうまく使い、身軽にスタートすることが基本。

3. 公私のお財布を明確に分け、生活水準をコントロール(キャッシュフローの安定)

クリニックの口座にあるお金は、ドクター個人のものではなく、医院を継続するための原資です。特に開業初期は、プライベートの生活水準をコントロールし、公私の資金移動を厳格に管理すること。決算書を歪ませないことが、次の融資や安定した経営への最大の足がかりとなります。

佐伯: 井上先生、前田さん、本日は本当に生々しくも貴重なお話をありがとうございました!

次回の第2回では、「医療経営・税務のスペシャリスト」だからこそ分かる、クリニックの深いお金の話について、さらにじっくりとお伺いしていきます。どうぞお楽しみに!

井上 貴司

執筆者 / 井上 貴司

税理士法人TOTAL 税理士・CFP・日本医業経営コンサルタント協会会員
早稲田大学商学部卒 

1989年 井上総合会計事務所開設 
クリニックの開業支援や事業承継等を得意とする。
日本経済新聞での税金関連の原稿執筆、
生命保険会社、金融機関などでのセミナー講師多数。
2013年税理士法人TOTALとの合併に伴い社員税理士へ

佐伯 未来

執筆者 / 佐伯 未来

2021年7月 TOTALグループ入社 「医療サポート」
チームで主任として開業支援チームを支える。
傾聴力と調整力に定評あり。有給を活用して夫婦で旅行が趣味。

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