クリニック開業のススメ
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院内処方が少ないのはなぜ?

開業を予定されるドクターの方々には、周知の事実と思われますが、現在、外来処方は圧倒的に院外処方が多くなっています。日本医師会の調査によると、令和5年度で院外処方箋の発行率は全国平均で80%を超えています。
ドクターの方々には、一見当然のこととされる院外処方ですが、クリニックでは患者から「なぜ先生の元で、薬を貰えないの?」といった素朴な質問があることも稀に目にします。
ここでは、歴史的な経緯を踏まえて、院外処方への理解を深めて頂き、患者対応への参考にして頂く目的から、院外処方の特徴について解説します。
医薬分業と、院外処方について
医薬分業は、医療が発達していた西洋での分業の歴史に由来しています。即ち、医師と薬剤師の役割を分けて、医師は診察と診断、薬剤師は医薬品の管理と調剤を専門に行う制度です。一説には、時の為政者が医師による毒殺を恐れて、薬は医師ではなく、薬剤師に厳しく管理させたことが医薬分業の歴史とされています。また、古くは1200年代に法律が定められ、医師は薬局の経営ができないことが明文化されたとも言われています。
日本では、明治の時代から医師による調剤が可能であったため、本格的な医薬分業のスタートは戦争後の1950年代からでした。しかし、現在においても、病院で医師が処方箋を出し、病院内の薬局では資格を持つ薬剤師が調剤を行っており、実質的にはこれも医薬分業であると強調される病院薬剤師の方々もおられます。
一方、これに対して、医師が経営する病院・クリニックと、薬剤師が経営する薬局は独立した存在であるべきで、院内処方は医薬分業ではないとの議論もあります。
厚生労働省の説明によると、「医薬分業は、医師が患者に処方せんを交付し、薬局の薬剤師がその処方せんに基づき調剤を行い、医師と薬剤師がそれぞれの専門分野で業務を分担し、国民医療の質的向上を図るものである」としています。この説明によって、日本での医薬分業とは、医療機関とは別経営体の薬局で、院外処方箋により調剤する制度と定義されることが分かります。
医薬分業のメリット
分業体制により、調剤薬局の薬剤師は患者の服薬歴やアレルギー情報を詳しく確認することが可能となり、より適切な薬の提供が実現します。また、患者が複数の医療機関で処方された薬を、同一薬局で調剤してもらう場合、その薬局でまとめて管理できるため、重複処方や飲み合わせによるリスクが軽減されます。こうした取り組みは、医療事故の防止や患者さんの健康管理に大きく貢献できます。
また、医療機関が院内処方を行う場合には、多種多様な薬の在庫管理が必要となりますが、院外処方にすることでその負担が軽減でき、医療機関側にもメリットがあります。
患者さんにとっての利便性向上も、「医薬分業」の重要な成果です。調剤薬局は全国各地に展開されているため、患者さんは自宅や職場の近くの希望する薬局で、薬を受け取ることが可能です。
院外処方が増えた理由(政策誘導)
では、院外処方は何のために、推進されたのでしょうか。
この経緯を見ると、医療費の増加を抑制したい行政側の意向が読み取れます。
1985年に将来の少子高齢化を見込んで、国は第1次医療法改正を行いました。この後、現在までに法改正は第8次まで数えています。その過程において1990年代以降、院外処方箋への誘導が盛んに行われてきました。
当時、医療機関が患者に処方する医薬品代(国が定めた薬価です)と、卸業者からの仕入値との差額(薬価差益といいます)が、医療機関の利益になり、経営には大きなメリットでした。薬を処方すればするほど、医療機関の利益になるのですが、国の財政状況が厳しくなると、一転して「薬漬け医療」「医療費増加の元凶」などと批判されることになりました。
そのため、国は薬価差益のこうした状況を打開するため、薬価改定を行って薬価差益の縮小を行うと共に、診療報酬で院内での調剤料より、院外処方箋の発行料を高く設定するなどの利益誘導によって、院外処方箋の拡大を図ってきました。これが、院外処方箋が増えた理由です。
院外処方の課題
院外処方にもいくつかの課題があります。その一つが、患者さんにとっての手間です。処方箋を受け取った後で、別途調剤薬局に足を運ぶ必要がありますので、時間や交通費がかかる場合があります。特に、調剤薬局が近くにない地域では、この負担が大きくなる可能性があり、高齢化社会を迎えている現在、利便性が院外処方の大きな課題です。
また、院外処方では、医師の意図と薬剤師の判断が完全に一致しない場合があります。例えば、薬剤師が処方箋の内容に疑問を感じた場合は、医師に確認を取る必要があります。薬剤師によるダブルチェックの役割からは当然の対応ですが、その際に時間がかかる場合があり、患者にとっては、待ち時間の増加や不便さが生じることになります。患者には、安全面からの対応であることをよくご説明し、ご理解を頂きたいものです。
院内処方の特徴
院内処方にも、いくつかのメリットとデメリットがあります。院内処方は患者さんの利便性に優れている一方で、医療機関の運営負担や薬の適正使用への課題があるため、その採用には経営者の慎重な判断が求められます。
院内処方のメリット
院内処方の大きなメリットは、患者さんの利便性が高い点です。診察後にそのまま医療機関内で薬を受け取れるため、別の薬局へ足を運ぶ手間が省けます。特に、交通手段が限られている地域や、高齢者、体調不良の患者にとっては大きな利点になります。
また、医師と薬剤師が同じ施設内にいるため、薬についての質問や不明点を迅速に解決できる環境が整っています。さらに、医療機関内で直接薬を提供するため、患者が薬を受け取れない事態が起こりにくい点も特徴です。
その他、患者の症状によっては、患者が処方箋を院外の薬局に持参するのをためらう場合があります。精神科の処方や抗がん剤などを、顔見知りの薬剤師が勤める近所の調剤薬局で処方するとなると、その薬剤師に患者の病状を知られるところとなりますので、患者心理としては院外処方を避けたいのです。
このような場合に、院内処方は患者の期待に応えるものであり、利便性が非常に高いものになります。
院内処方のデメリット
院内処方にはいくつかのデメリットがありますが、その中でも特に指摘されているのが金銭的なメリットの減少です。前述の通り、かつては、医療機関が薬を調剤することで得られる「薬価差益」が経営の一助となっていました。しかし、薬価制度・診療報酬の見直しにより薬価差益がほとんどなくなった現在では、院内処方による金銭的なメリットはほぼ期待できなくなっています。
これにより、医療機関が多大な薬の在庫を管理するためのコストや、薬剤師を確保するための人件費などの負担が重くのしかかる一方で、それに見合う収益を得ることが難しくなっています。この点は、院外処方が普及している理由の一つです。医療機関がこうした負担を軽減し、経営的に本来の診療業務に専念するためには、院外処方の方が合理的であると捉えられています。
医薬分業の今後と課題解決
医薬分業は、安全で質の高い医療を提供するために重要な仕組みですが、地域格差や患者負担、医療従事者間の連携といった課題が残されています。地方や過疎地域では調剤薬局の不足が医薬分業の普及を妨げており、薬局の設置支援や遠隔医療技術の活用が求められています。
また、院外処方に伴う患者の移動負担を軽減するため、オンライン診療や薬の配送サービスなど新しいモデルの導入も進められています。さらに、医師と薬剤師の連携を強化するため、電子処方箋の普及や医療情報の共有システムの整備が必要です。これらの取り組みを通じて、患者にとってより便利で安全な医療環境の実現が期待されています。
執筆者 / 三田村 清幸
税理士法人TOTAL 医業経営コンサルタント
岩手大学工学部卒業
理数系の教育分野で海外勤務後、我が国初の医業経営コンサルティング専門企業の設立に参加。海外・国内の病院コンサル事業に従事、同社は国内最大手企業に成長。役員を経て、2020年に税理士法人TOTAL入社