クリニック開業のススメ
クリニックの開業の成功に向けた現場で役立つ実践的な情報を提供します。
(3)手順は着実に、闇雲に進めるのはリスクです

クリニックを譲渡したい医師、または独立を目指して承継開業を考えたい医師にとって、「段取りの甘さ」が致命的なリスクにつながる危険性があります。これは過去の様々な事例からの教訓です。特にクリニック承継は法的・経営的・人材的な要素が複雑に絡み合うため、感覚や勢いだけで進めると、計画倒れやトラブルを招く可能性があります。
本記事では、譲渡を希望するドクターと、承継開業を目指すドクターそれぞれの立場から、リスクを抑えて着実にプロセスを進めるための具体的な手順を解説します。
クリニックを譲りたいドクター
①準備と具体的な計画性
普段、診療にお忙しいドクターが、色々な想いから現在経営しているクリニックを今後どうするか、考える場面があるかと思います。
若い時は、まだ早い、そのうち考えようと思われるかもしれませんが、いざ思い立った時には、然るべき準備が必要なことをご理解されると思います。しかしながら、検討すべき課題も個々のドクターの状況により様々に異なりますので、先ずはご自分で系統的に以下のような項目を視覚的に整理してみることをお薦めします。
- クリニックの今後について、ご家族とは意見が一致している?
- 後継者の候補者はいる?
- 承継後のご自分の生活設計は?
- 土地、建物、医療機器、営業権、等の資産のどれを承継させる?
- スタッフの継続雇用について、対策は?
- スタッフ、患者・地域、医師会等への周知に関して、問題は?
- 相談先の目途は? 周囲への情報守秘は必要?
②相談相手の確保
前項のような項目を、ドクターが診療の合間に周囲に漏れることなく検討し計画を作成するのは恐らく難しいのではないでしょうか。日本医師会発行の「医業承継の手引き」に代表される教科書を見ても、ドクターの個別の事情に照らしてどうすればよいか、悩まれることと思います。その場合には、早めに信頼できる医療M&A仲介企業などの相談先を探すことをお薦めします。
本シリーズ「(1)クリニック承継開業は相手探しの旅、相談先はありますか?」の項で詳しくご説明した通り、相談を受けたアドバイザーは、守秘義務契約を通じて、ドクターから様々な事柄を聴取し、スタッフの勤務がない時間帯においても相談に応じることができます。
アドバイザーを通じて、承継開業の着地点に向けた具体的なプロセス、試算表が視覚化され、承継がより現実的になったと思われるのではないでしょうか。
③経営状況、資産状況の可視化
譲渡の検討を始めるドクターがまず取り組むべきは、自院の経営や資産状況の「可視化」です。作業自体は、アドバイザーが行うことになるでしょうが、これは単なる帳簿整理ではなく、第三者に説明できる水準で情報を整理するという意味合いを持ちます。
情報の整理には、大きく次の4点に集約されます。
- 財務諸表や決算書、患者動向などの経営状況の整理
- 不動産、設備や医療機器などの資産状況の整理
- 未回収債権や借入金などの負債状況の整理
- スタッフの雇用形態や給与体系など、雇用状況の整理
このような情報は、買い手候補者に対して信頼性を示す大きな材料となり、交渉を円滑に進める基盤になります。また、自院が医療法人の場合には、法人格の扱いをどうするか、個人経営クリニックであれば診療所名や施設基準の引継ぎ可否など、譲渡に伴う法的・制度的な要件もあらかじめ確認しておく必要があります。
さらに、現在の診療科の継続が可能か、地域の患者層や医療ニーズがどう変化しているかといった点にも目を向けると、より現実的で実効性のある譲渡計画につながります。これらの準備を怠ると、買い手候補者との信頼関係が築けず、交渉が難航するリスクが高まります。
④買い手探しから始まる一連のプロセス
現在、売買の相手先を探すマッチングには多様な方法がありますので、ここでは詳しくは触れませんが、進め方としては以下が一連の流れになります。
買い手探しにおいては条件が合致するドクターとのマッチングが成功の分かれ目です。また交渉においては、譲渡価格だけでなく、診療方針やスタッフ雇用継続の希望、建物・設備の使用条件など、多くの合意点を冷静かつ現実的に調整する必要があります。
現クリニックの売り情報「ノンネーム・シート」の作成、公表
買い手探しの第一歩として、まずは売り手の名称を示さないで現クリニックの概要や譲渡希望要件を明記した「ノンネーム・ シート」を作成し、公表することからスタートします。ノンネーム・シートは通常、売り手側のアドバイザーにより作成されます。
ネームクリア
「ノンネーム・ シート」を見て、関心が高く、氏名を明らかにした買い手側に対して、売り手側は詳細な案件概要書の開示を承諾します。これをネームクリアと言います。
トップ面談、交渉
案件概要書を入手し、検討を進める買い手側と、売り手側がトップ面談を行って、成約の可能性を探ることになります。
意向表明書、回答書、およびその後のプロセス
トップ面談により、譲受の意向を固めた買い手側からは意向表明書が発出され、それに対し売り手側は回答書を出して正式に買い手側の意向受け入れを宣言します。この後のプロセスについては、ここでは詳しくは触れませんが、両者の交渉と、基本合意書の締結、買収監査、譲渡契約書の締結、クロージング(譲渡金の支払い)を経て、譲渡完了となります。
⑤譲渡計画策定、実行
譲渡契約書においては、具体的に譲渡時期(承継開業時期)、譲渡側・譲受側の双方がクロージングの前後に実施する事項や、スタッフの継続雇用、患者と地域への周知方法などが明文化されますので、譲渡側においても決められた責務を充実に果たす姿勢が求められます。
また、個人クリニックの場合には、クロージング後に現クリニックは閉院となりますので、後処理として税金対策を適切に行う必要があります。本シリーズ最終稿では、「医業承継の税金対策」を詳細に解説する予定です。
承継開業したいドクター
①大まかな計画立案(地域、診療科、規模など)
承継開業を考えるドクターにとって準備不足は大きなリスクとなります。
まずは「どこで・何を・どの規模で開業するか」という計画を立てることが、ドクターが踏み出すべき第一歩となります。自分の専門と地域ニーズのバランス、既存クリニックの設備や立地条件の適合性など、事前に理想像を明確にしておくことが、結果的に後々のスムーズな承継につながります。前提条件なしに、やみくもに物件を探し始める、あるいは物件の現地視察を行うなどは、理論なき承継開業を迎えそうですから、余りお薦めしません。
②M&Aの流れの理解
承継開業を希望するドクターの場合も、前述の「クリニックを譲りたいドクター」と同様のM&Aプロセスを踏んだ上で、最終的に承継開業、診療開始を迎えます。この一連のM&Aプロセスを無視して突き進むことは、予想外の債務や職員の引継ぎトラブルを招く要因にもなりますので、プロセス全体を理解し、各段階で要求される事項に正しく対応する必要があります。
③仲介会社、アドバイザーへの相談
本シリーズ初回の項でご説明しました通り、前項のプロセスを導いてくれるのがアドバイザーです。信頼できる医療M&A仲介企業や、医業承継に強いアドバイザーの力を借りて計画を進めるのが賢明と言えます。アドバイザーは、中立的な立場で進捗管理や法的手続きの支援を行ってくれますので、ドクターは安心して勤務されている医療機関での診療に集中できます。
④売り手の相手先探し
医療機関の譲渡情報については、現在、公的な登録制度はありませんので、M&A仲介企業の公開情報や、ドクターの知人や周囲の関係者の方々から得ることになります。
その場合、先ずはノンネーム・シートにより、ドクターの希望に叶うか検討することが第一歩となります。この場合、ノンネーム・シートの入手とアドバイザーの選定が同時進行となりますこと、ご理解が必要です。
⑤M&Aのプロセスに従って、計画推進
売り手の相手先探しから始まるM&Aのプロセスは前述のとおりです。譲渡を希望する医師と、承継を目指す医師に共通して求められることは、「時間軸を意識し、段取りを飛ばさない」姿勢です。医療という公共性の高い事業ゆえに、継続性と信頼性を重視した丁寧な対応が求められます。目先の損得に振り回されるのではなく、長期的な視点で医業の継続を考えることが、売り手側と買い手側の双方にとって最も満足度の高い結果につながる、このことは承継開業の理想として深く認識されるべきでしょう。
次回は、本シリーズ(4)相手が存在する親族承継でもご注意、とのテーマで親族承継に関わる問題点等について解説します。
*当社は、医療福祉本部に「医療M&A専門チーム」を設置しております。ご質問、ご相談等は、是非当社の医療福祉本部までお寄せ下さい。
執筆者 / 三田村 清幸
税理士法人TOTAL 医業経営コンサルタント
岩手大学工学部卒業
理数系の教育分野で海外勤務後、我が国初の医業経営コンサルティング専門企業の設立に参加。海外・国内の病院コンサル事業に従事、同社は国内最大手企業に成長。役員を経て、2020年に税理士法人TOTAL入社